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「大阪クラシック2018 最終日」 [音楽のこと]

始まりがあれば終わりがあって、一週間に渡って展開された恒例の音楽祭「大阪クラシック2018」も今日が最終日。フィナーレとなる最終公演、「第81公演」まで13公演を残すのみとなりました。
もちろん、「第81公演」のチケットを手配して、それに備えてはいるのですが、せっかくですから朝から廻れるだけ廻ってしまいましょう。

で、1公演ずつでは膨大な文字数になっちゃいそうなので、一日纏めてまるっとレポート。

今日だけでも13公演。それは中之島界隈から本町にかけての9会場で催され、時間的に重なる公演もあって、全てを巡るのは無理。最終公演の会場となるフェスティバルホールを中心に中之島内だけの移動に留めつつ、なんとか関連のあるプログラム構成を考えてみる。

で、先ずは、11h30開演のフェスティバルホールエントランスホワイエでの「第70公演」から。
ここでのプログラムは、
ヴァイオリン:田中美奈中西明子ヴィオラ:上野博孝チェロ:石田聖子で、
コダーイ/弦楽四重奏曲第2番 作品10
メンデルスゾーン/弦楽四重奏のための4つの小品 作品81より

コダーイ・ゾルターン(Kodály Zoltán  1882年12月16日 - 1967年03月06日)は、ハンガリーの作曲家、民俗音楽学者、教育家、言語学者、哲学者。バルトーク・ベーラとともにマジャル人の民謡を収集、分析し、論文まで手掛けたお方。
ハンガリー国内で音楽を学ぶ一方、哲学と言語学で博士号を取得。それにも飽き足らず、パリへ赴き、そこで出逢ったのがクロード・ドビュッシーの音楽。
で、ドビュッシー本人に逢いたいと願いつつ、その側近くまで行きながら、気恥ずかしくなって帰っちゃったという、なかなかオトメな先生。
それでも、その影響は色濃く、ドビュッシー作品を元にしたピアノ独奏曲「ドビュッシーの主題による瞑想曲」もあり、その前後の作品もそこはかとなくドビュッシー風味。
今日演奏される「弦楽四重奏曲 第2番 作品10」はその少し後に書かれたもので、幼少期のヴァイオリンから始まって、聖歌隊にも席を置き、チェロをよくしたコダーイらしく、4台の絃楽器、ことにチェロがよく歌う。
「せーの!!」で始める合奏というよりは、4つの旋律が重なり合ってミルフィーユ、薄くしなやかなシルクのようなメロディがフワリと纏わり合って、なんとも肌合いの心地いい楽曲。何処と無く、東方のアジアに近い雰囲気も見えて、エスニックでありながら、心和む佳曲。

秋風のヴィオロン」とポール・ヴェルレーヌを気取ってみて、ヴァイオリン1台ではどこか物悲しく聴こえたりもするのですが、チェロと組むと、あるいは弦楽四重奏となると、なんとなく豊潤なハーヴェスト、実りの秋が連想されて、ホワイエ(foyer)・・・暖炉の暖かさ。まだまだ外は蒸し暑いンやけど、ね。

一方、フェリックス・メンデルスゾーンことヤーコプ・ルートヴィヒ・フェーリクス・メンデルスゾーン・バルトルディ(Jakob Ludwig Felix Mendelssohn Bartholdy 1809年02月03日 - 1847年11月04日)の「弦楽四重奏のための4つの小品 作品81」はというと、同じ弦楽四重奏曲でも、歌うのは主にヴァイオリン。中低音が広がりのある和声で支える上でキラキラと実りの穂を揺らす。
少々古典的に過ぎる気もしなくもないけれど、その分しっかりきっちり聴き応えのある作品に纏まっている。
ここで演奏されるのは4つのうち2つ。『第1番 主題と変奏』、『第2番 スケルツォ』。こちらもほっこりとさせて頂きました。
時代の違い、環境の違いも感じられて、いいプログラムだったと思います。
しかし、さすがフェスティバルホール。ホワイエでさえ、綺麗に響く。

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移動の合間にランチを摂るのですが、フェスティバルタワー内でちょっとリッチなものを・・・と物色していたら、近く(国立国際美術館)で開催されてワタシも脚を運んだ「プーシキン美術館展」のポスターがあって見てみると、それとコラボレーションしたランチを提供している店がこのタワーの地下にあるらしい。
国立国際美術館内のカフェレストランでもコラボ・ランチ「ビーフストロガノフとイエローライス」が限定提供されていたのですが、混雑していて食べ損なっていた。タワーの地下、キッチンジローでは「野獣派(フォーヴィスム)プレート」なるものあるとのこと。
そら食べなあきまへんがな・・・と同店へ。
オーダーして、それがテーブルにサーヴされて・・・。
ひとつのお皿に、ケチャップたっぷりのオムライスと、ハンバーグとエビフライ。「野獣派」というより、「お子様ランチ」的な・・・。添えられているのも、「トン汁」で、まァ、フランス芸術の気配もロシアな雰囲気も全然ないのですが・・・。
「恐るべき子供たち(Les Enfants Terribles)」・・・、まだ頑是無い子供達はいわば野生的な獣・・・という意味なら、かなり深いなァ。
いっそのことオムライスのうえに(縦でも横でもいいから)三色旗を立てて頂きたかったところ。まァ、美味しく頂戴してしまいましたが・・・。

続いては、地下道を通ってお隣りのビル、フェスティバルタワーウエスト3階ロビーでの「第75公演」。14h00開演。
ヴァイオリン:石塚海斗鈴木玲子ヴィオラ:岩井英樹チェロ:林口眞也の4名で、スメタナ/弦楽四重奏曲 第1番 ホ短調「わが生涯より」がプログラム。
まァ、コダーイのハンガリーからスメタナのチェコ、中央ヨーロッパ繋がりということで・・・。この辺りの区割りもややこしいが、一時期ハンガリーが支配し、チェコはそこから独立、影響が無いわけはないでしょう。
それじゃあ、メンデルスゾーンの立場がない?
では、チェコはドイツとハンガリーの間にあって・・・ということで(それでもハンブルグは遠いなァ)。全部パリから見たら東方エスニック、辺境の地?!
何しろ最終公演の演目がチャイコフスキー。「第1公演」がドビュッシーから始まったから、パリからロシアを目指して、途中、ドイツやハンガリー、チェコに立ち寄りました・・・という筋書き。

コダーイがハンガリー・マジャル人の民謡を研究した人なら、スメタナはチェコの民族主義に根ざし、チェコ独立に奮闘しつつ、国民楽派を発展させたお方。
同じ弦楽四重奏曲ながら、こちらで演奏される「弦楽四重奏曲 第1番 ホ短調 『わが生涯より』」はその表題の通り、スメタナの自叙伝的作品。病いを得て聴力を失った52歳当時、音楽で過去を顧みて、絃楽器4台で綴るバイオグラフィー。

13h30開場、14h00開演のその30分の間、ヴィオラの岩井英樹さんによる楽曲解説が入ります。これが、どこかの桂冠指揮者でプロデューサーとは違って、落ち着きのある低い声でそのうえ流暢、他のメンバーが楽屋へ退がる中、ひとり会場に残ってファン・サーヴィス。

第1楽章『私の青年時代の強い芸術への憧れ、ロマンティックな雰囲気』
第2楽章『楽しかった青春の日々、私はダンス狂だった』
第3楽章『のちに私の妻となった少女との初恋の幸せな思い出』
第4楽章『民族的な要素を自らの音楽に採り入れる術を見い出し、軌道に乗って喜んでいたところに、突然耳鳴りがして、聴覚を失い挫折する』

初恋の幸せな思い出・・・が甘いばっかりじゃないのがリアルです。
第4楽章では、聴力を失い精神を病んでいく苦悩。
その第4楽章では、幻聴・・・不快な耳鳴りを第1ヴァイオリンが奏でるハーモニクスでの長ァいE音で表現。その幻覚、耳鳴りの予兆が第1楽章にも見えるのが恐ろしい。
この楽曲、色々あってなかなか初演されず、なんとかメンバーを募って、第1楽章では主旋律を奏でるヴィオラを担当したのがアントニン・ドヴォルザークで、彼ものちに自叙伝的な弦楽四重奏曲「アメリカ」を作っている。
波乱の人生を歌った弦楽四重奏。スメタナが精魂込めた作品に、精魂こもったような演奏でした。

スメタナの生涯に想いを寄せている間も無く、次の会場に移動です。
第78公演」は、大阪市中央公会堂 中集会室で、15h30開演。あまり時間はないのですが、このプログラムは有料公演で、全席指定、慌てることもない。
演目は、ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(Johann Sebastian Bach 1685年03月31日 - 1750年7月28日)作曲「ミサ曲 ロ短調  BWV 232」より『II. グロリア』。
演奏は、指揮:福島章恭オルガン:尾崎克典合唱:大阪フィルハーモニー合唱団の皆さん。

4部構成で全29曲。全曲通しだと演奏時間は約2時間。1724年ごろから書き始め、大バッハの死の前年、1749年に完成したというクラシック音楽の最高傑作は余りに重厚長大。さすがに有料公演とはいえ、全部は無理。で、「第78公演」では『II. グロリア(Gloria)』だけ、それも『3. Laudamus te. 』と『7. Qui sedes ad dexteram Patris. 』、ふたつのアリアを欠いた状態。
第1日目の「第13公演」が同曲の『I. キリエ(Kyrie)』で、2つセットで聴きたかったのですが、時間的に無理で。
会場には指揮台とオルガン。
オルガンは教会仕様のC型ハモンド・オルガン・・・があればいいなァと望んでいたのですが、それは叶わず、KAWAI ES8。合唱がメインですし、ねェ。
その合唱は、男女混声で総勢100名余。会場の一方にずらりと居並ぶとなかなかの圧巻、壮観。
大バッハ、40数年に渡る音楽家人生の総決算、こちらも全霊を傾けたような作品で、巧みに声部、パート数を変化させながら、様々な様式、技法を駆使して、その声部が時に近く、時に遠く、部分的にはごく近代的な和声を思わせるような重なりを見せながら、調和しながら終わり、次の曲に繋がっていく。
まるでよく出来た数式のような、破綻の無さ。それが見事に再現されて、歌詞の内容、「ミサ通常文」は理解し得ないのですが、胸に沁みてくるのは感じられました。

パパ・バッハの「ミサ曲」に癒されて、時刻は16h30。あと残っているのは18h00の「第80公演」と19h15からの「第81公演」。
第80公演」は同じくパパ・バッハの「無伴奏パルティータ イ短調 BWV1013」と、「無伴奏チェロ組曲 第4番 BWV1010」のフルート版。会場は大阪市役所で、フェスティバルホールへの道すがらに寄ることが出来るが・・・。
市役所を通り過ぎてフェステバルホールも通り越して、中之島ダイビル。そこの1階、丸福珈琲店で「最終公演」まで”予習”していようという作戦。「チャイコ No.4」もですが、明日は月に一度のお楽しみ、大阪大学会館での「ワンコイン市民コンサート」があって、そこで演奏される楽曲もひと通りお浚いしておかないと・・・と言ってワタシが演奏するわけでもないのですが・・・。今日なんてのべ4会場も巡ってる場合じゃあない気もしますが、敵情視察、潜入捜査ということで・・・。

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丸福珈琲店 中之島ダイビル店
、以前はタバコがすえたはずなのですが、もしかしてすえなくなってる? タバコが喫えずに、何が喫茶店か!!
が、それがご時世。「煙分補給」出来ないのなら、「糖分補給」です。
オーダーは、「ベリークレープ」と「ブレンド珈琲」。
ベリークレープ」、名称通りにベリー類が多く添えられて、大振りのアイスクリームにもベリーソース。もっちりと厚手のクレープの下には生クリームとバナナが隠されて、ジョシリョク高まる系のカワイイ見た目に反してなかなかの高カロリー。この後チャイコフスキーの「第4番」と対峙しないといけない。それ以上に、そのあとのアンコールと相対しないといけない。相当なカロリーを備蓄しておかないと。

中之島に秋の宵闇が迫る夕暮れ時。フィナーレの開演時間も刻一刻と迫り、大川の上を流れる夕風は、蒸し暑さを残しながらも、物遠いような気配を運ぶ。
大阪クラシック2018」の最終公演となる「第81公演」は、開演19h15となっているが、19h00から「指揮者大植英次によるプレトーク」が用意されていて、会場となるフェスティバルホールの開場は18h15。
ホールエントランスへ続く大階段の付近にはもう観衆が多く集って、それを待っている。
開場の18h15となって、三々五々とフェスティバルタワーの其処此処にいたオーディエンスがエントランスへと集中し、静々と祭りのフィナーレに向かう。殆どが単にクラシック音楽の聴衆ではなく、「大阪クラシック」のファン・・・というか、恒例の音楽祭の参加者のようで、この公演のプログラムは「チャイコフスキー作曲『交響曲第4番 へ短調 作品36』」となっているが、それだけでは終わらないことを知っている。「千秋楽」として演奏されるアンコールが、この音楽祭の本当のフィナーレで、最高の山場。

ワタシも大勢の聴衆の一人として、フェスティバルホールの広い客席に、予め指定された席を探すが・・・。
それは「1階8列4番」なのですが、前から3列目はいいとして、下手側の一番端っこ。
第1公演」では上手端っこ。どうやら座席運はよろしくないようで。コントラバスやトロンボーンがやけに遠くて、「チャイコ No.4」では使われることのないグランドハープがすぐ眼の前にあるのが、やけに悲しいわ。

19h00、そのフィナーレへの祝言、「指揮者大植英次によるプレトーク」は、このイベントを支えたスタッフ、ボランティア・スタッフへの労いと感謝から。それから、最終日、最終公演は来年の「第14回」に向けての「前奏曲」、「序曲」であると。だから、「第1公演」で開会宣言はあっても、「最終公演」として閉会宣言は無いのでしょう。
ワタシは今日、4公演を巡ったのですが、その行く先々の会場にこの音楽祭のプロデューサーである大植英次も駆け付けて、一言一句違わない謝辞を述べておられたので、それが彼の偽りのない本心なのでしょう。音楽会は演奏家、音楽家だけでは成立しないということを仰りたいのでしょうねェ・・・その言葉がちょっと伝わりにくいんですけど・・・。
で、来年も開催される・・・どころか、あと100年続けると。毎年、あと100年。ってことは永遠?

プレトーク」では、「チャイコ No.4」を選んだ理由も語られて、要約すると、大植英次小澤征爾の招待でタンブルウッドへ出向き、そこでピアノを弾いていた時に馴れ馴れしく話しかけてくる男がいて、それがレナード・バーンスタインであったと。その先生はイメージしていた容貌ではなかったために、知らずに邪険に扱ってしまった。で、タクトを託されて、振ってみろと指示されて力任せに振って見せ、それでは身体が保たないよと窘められたのが、この楽曲であった・・・と。
まァ、話し半分・・・から1/3くらいしか聞き取れなかったので、そういうようなことを仰言っていた・・・ような・・・としか言えません。

マエストロのお言葉にも容赦なく、1ベルが開演を急かせる。

19h15。大阪フィルハーモニー交響楽団のメンバーが与えられた席を埋めて、万雷の拍手で迎え入れられるのは首席コンサートマスター田野倉雅秋さん。ステージ上でそれぞれの楽器が調律されるのに合わせて、「プレトーク」で和んでいた、客席を埋める2,700人のオーディエンスも緊張の弦で律せられる。
拍手は途切れることなく、指揮者の登場を待つ。
指揮者・・・衣装を改めたマエストロ大植がそれに応えて、ポディウムへ。
ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー(Пётр Ильич Чайковский 1840年05月07日 - 1893年11月06日)作曲「交響曲 第4番 ヘ短調 作品36」は、ホルンとファゴットによる”運命のファンファーレ”から。
この楽曲は「わが親愛なる友に」という献辞とともに、チャイコフスキーにとって長年のパトロン、ナジェジダ・フィラレートヴナ・フォン・メック夫人に献呈された作品で、夫人はまだ年若い頃のクロード・ドビュッシーを愛娘のピアノの教師として雇って長期旅行にも同伴させたのですが、ドビュッシーは若い頃から女癖がよろしくなかったようで、夫人のご令嬢にちょっかいを出してクビになっちゃう・・・って、それは心優しきチャイコフスキーには何ら関係ないことですな。
しかし、ここでまさかドビュッシーと繋がるとは・・・。没後100年。これは意図したことなのか、偶々の偶然か。まァ、昨年の最終公演チャイコフスキー交響曲 第5番 ホ短調 作品64」でしたから・・・。

ところどころに木管楽器の柔らかで優しげなフレーズが入るとはいえ、第4楽章まで繰り返される”運命のファンファーレ”が強烈で、まるでジェットコースターみたいな疾走感を伴って、曲調が劇しくうねって、あまりにドラマティック。
結婚生活がうまくいかず、この曲を手掛けながら、モスクワ川へ入水を試みたという、その当時のチャイコフスキーらしい曲調といえばそうなのでしょうが、そしてそれは、マエストロ大植らしい演奏といえば、またそうでもあるのですが、ほぼほぼ最前列で聴いていると、ちょっと耳がシンドイ。
一週間に渡る大音楽祭の、全81公演の締め括りにはこれくらいのドラマが必要・・・ともお感じになられたのでしょう。
演奏のヴォルテージは聴衆へと伝播し、満場割れんばかりの拍手、歓声。それは途絶えることなく続き、全身で指揮するマエストロとそれに応じたオーケストラへ手向けられ、その大きな賞賛をマエストロが、ホルンとファゴットへ、木管楽器、金管楽器、打楽器、弦部、そしてコンサートマスターへとシェアしていく。

その興奮のまま、本当のフィナーレ、そして来年の「第14回」に向けての前奏曲として、恒例のアンコールは、客席まで一体となった「山本直純編日本の歌メドレー(夕焼け小焼け~七つの子~ふるさと)』」。いつものようにタクトをコンサートマスターに託し、大阪市章・澪標を背中にあしらった法被を羽織ったマエストロは舞台を離れ、1階席から2階、3階。3階席から一気に駆け下ってステージに帰還すると、それを待ち構えた打楽器奏者、久保田善則さんの手にした拍子木が「チョン!」と鳴って、グランドフィナーレは「外山雄三作曲管弦楽のためのラプソディ』」から日本民謡八木節』。
去年の、一昨年の、その前の、ブログの記事もコピー&ペーストで済ませられるくらい、定番化したクライマックス。
チャイコ No.4」と繋がらないとツッコんではいけません。“ワンパターン”ではありません。これはお祭りの決まり事。祝言であり、祝詞で祝辞。このために、2,700名も詰め掛けているのでしょ?! この熱狂、エクスタシーが無いと、終われない。来年に続かない・・・でしょ。

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今年も楽しませて頂きました。多分、来年も楽しませて頂きます。
普段の交響楽団のお仕事だけでも大変な中、それぞれが想いを込めて、これはと思う独奏曲や室内楽、意外なコラボレーションを考え出して、この音楽祭で多くの方に聴いて頂きたいと、あるいは自己の研鑽のためにと練習されて来られたかと考えると、実に尊い、有り難いことだと思います。
さて、来年の「第1公演」を今から指折り数えて待ちますか。


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