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ヴァイオリンを抱えて国境を越える 〜 泉里沙ヴァイオリンリサイタル [音楽のこと]

月に一度のお楽しみ、「ワンコイン市民コンサート」。「第52回」となる本日のプログラムは『泉里沙ヴァイオリンリサイタル』で、副題が『ヴァイオリンを抱えて国境を越える』。
クロスボーダーなヴァイオリンは何を唄う?!

 

本日、大阪大学会館のステージに登場するのは、ヴァイオリニストの泉里沙さん。

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ロンドンで生まれ、最年少にてRoyal Academy of Music、Juniorスカラーシップを得て入学。同校ヴァイオリン プライズにて2年連続優勝。Royal Academy SinfoniettaとDukes Hallにて共演。室内楽では、ピアノトリオ最優秀賞を得て、Wigmore Hallや 横須賀芸術劇場などで演奏。トリエステ、オペラハウスにて行われたP.Mozartコンクール第2位受賞、全ヨーロッパにてテレビ放映される。またBBCテレビ番組にも出演。North London Festivalにて弦楽器部門最高位受賞。The Musician Benevolent Fundを授かる。
帰国後、東京芸大東京芸術大学音楽部附属音楽高等学校を経て東京芸術大学卒業,卒業時に同声会賞受賞。更に同大学大学院修士課程修了。ウィーン・コンセルヴァトリウム大学院修士課程首席にて修了。更にソロディプロマコース修了。これまでにYBP国際ヴァイオリンコンクール第1位、日本学生音楽コンクール東京大会第2位、日本クラシック音楽コンクール全国大会第2位(1位なし)、日本演奏家コンクール第3位、大阪国際音楽コンクール審査委員賞受賞、摂津市主催LCコンクール金賞、併せて大阪府知事賞受賞、大阪センチュリーオーケストラと共演。サントリーホール主催ウィーン・フィル首席奏者のマスターコース受講好評を博す。ポーランド、ヴィ二アウスキーヴァイオリンコンクール、モスクワ、ヤンポルスキーヴァイオリンコンクールにてディプロマ受賞。2013年政府法務省主催第一生命ホールにて安倍首相ご臨席のもと開催された「ふるさとの風コンサート」にて芸大チェンバーオーケストラのコンサートミストレスを務める。2014年イタリア、ポートグルアロー音楽祭にて地元ロータリークラブ主催でリサイタルが開催され好評を博す。ロンドンFCオーケストラ定期演奏会のソリストとして招かれる。オーストリア、ブラームスヴァイオリンコンクールセミファイナリストとなる。
近年、ロンドン、ウィーン、東京、大阪、京都、大分、高松にてピアニスト佐藤卓史氏やギターリスト鈴木大介氏らとの共演で意欲的にリサイタルを開催。
聴き手を「音楽の享受」へと導く演奏にファンが増え始めロンドン、東京、大阪にてファンクラブが結成された。また英語を母国語とすることから海外のアーティストとの繋がりも深く、共演の機会が増えつつある。ロンドンFCオーケストラ定期演奏会に招かれ共演。
これまでに佐々木由実、故イフラー・ニーマン、清水高師、ジェラール・プーレ、漆原朝子、パヴェル・ヴェルニコフ、ジュリアン・ラクリン各氏に師事。マスタークラスでは、著名ヴァイオリニストやウィーン・フィル首席奏者ライナー・ホーネック氏、フォルクハルト・シュトイデ氏にも教えを受ける。
2015年11月、初CDアルバム発売。

というのが彼女のプロフィール。「ワンコイン市民コンサート」には2度目のご登場で、前回とパートナーが変わって、ピアノは大伏啓太さん。そんな里沙さんが今日のリサイタルに用意したのが、

ヨハネス・ブラームスヴァイオリンソナタ 第1番 ト長調 『雨の歌』 作品78」(1878-1879年)
クロード・ドビュッシー ヴァイオリンソナタ L140」(1916-1917年)
エルネスト・ショーソン 詩曲 作品25」(1896年)
セザール・フランクヴァイオリンソナタ イ長調」(1886年)
フランツ・ワックスマンカルメン幻想曲」(1947年)

ソナタ」が三曲、時代にそれほど大きな隔たりがあるわけでもないし、"演奏家が好きな楽曲を好きなように演奏する"が「ワンコイン市民コンサート」のコンセプトだから、ワタシは思料が足りず、今回の演目にはさして意味はないのだろうと考えていた。ドビュッシーショーソンフランクが仏近代で関連しあって、ワックスマンは米国出身ながら「カルメン」だし、じゃあブラームスは・・・?
カルメン」は原曲がビゼー作曲で1875年初演。この辺りの年代、ロマン派から近代への移行期がお好みで、"ヴァイオリンを抱えて国境を越える"のはロンドン生まれの里沙さんが主語だと思っていたのだが・・・。

さて、"A Transborder Journey in the Romantic Era with a Violin"の真意とは・・・。

麗らかな春の日差しが降り注ぐ大阪大学豊中キャンパスを散策してから、会場である大阪大学会館に辿り着いたのが開場30分前。
いつも通りに、14:30開場。いつも通りにバルコニー席A-32を占めたワタシはステージに控える1920年に造られたウィーンの至宝を見下ろして。

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15:00開演。

ブラームスが45歳になって初めて出版まで漕ぎ着けたヴァイオリンソナタ。ハンブルグ生まれの孤独で内省的な作曲家が、ウィーンで出会ったシューマンとその妻クララと育んだ、ちょっと複雑な友情。シューマンが勧めたにも関わらず、出版まで至らず破棄されたソナタがこの楽曲以前にあったらしいが、今は幻。その苦心は偉大過ぎる"楽聖さま"の影があったから・・・ではないかと思うのだが、どうなんでしょう。
この「第1番」が世に出た頃にはシューマンはすでにおらず、独りになったクララとの距離を変えず保った、ブラームスの"最初の"ヴァイオリンソナタには朴訥で真っ正直な思慕と、三人でいた頃への追憶が詰まっているように感じられて、端正で美しい楽曲。
ベートーヴェンの「交響曲 第9番」の影響で自身のシンフォニーも完成を見るまで随分と長ァい時間を要したのだもの、ヴァイオリンソナタも例えば『クロイツェル』の衝撃から快癒するまで日にちが必要だった・・・んじゃあないかと。

ドビュッシーが最晩年に、迫り来る戦火に慄きながら、病いを押して、命の残り火を燃え上がられて書き上げたソナタ。「6つのソナタ」を計画しつつも、志半ばで終わった生涯最後の楽曲。原点に立ち返ったような、それでいて、ドビュッシーらしさに溢れる集大成とも思えるような、彼の作品全部をひとつにしたような、音楽宇宙終焉のソナタ。ブラックホール的な・・・?
そういえば、昨日3月25日がご命日。合掌。

そのドビュッシーとも一時期親交のあったショーソンの大代表曲が「詩曲」。この次に演奏されるフランクのお弟子さんでもある。ドビュッシーショーソンが袂を分かったのは・・・と書き出すと長くなるので・・・。
静謐であり、騒擾。燠火の中から湧き上がる焔。ドビュッシーの「ソナタ」もそうなのだけど、ちょっとフランス的でなくどこかエトランジェっぽいところが一周回って近代フランス的?
独奏ヴァイオリンと管弦楽のための版と、ヴァイオリンとピアノのデュオ版があるけれど、この曲に関しては管弦楽版の方が好みかなァ。

その師匠、"父"フランクの「ソナタ」。続けて聴くと、やはり師弟の曲調は似ているような。こちらは仏系ソナタの最高傑作と持て囃されて、ヴァイオリンとピアノだけでなく、フルートとピアノ版、チェロとピアノ版、独奏+管弦楽版、ピアノ独奏版、連弾版まであるらしい。何がそれほど演奏家を魅了するのか、ドビュッシー贔屓なワタシには理解出来ないけれど、確かにヴァイオリンとピアノのバランスが絶妙。ワーグナーを通り越して、楽聖さまの『クロイツェル』に通ずるものがある。

プロスペル・メリメからジョルジュ・ビゼーに、そして多くの作曲家へと受け継がれた「カルメン」。
ビゼーが作曲したオペラは聴衆、観客を魅了するだけに留まらず、登場人物さながらの奔放な楽曲に魅せられた後世の作曲家がそれを元にアレンジメントを施して、歌曲としてだけではなく、スイートだったりファンタジーだったり、器楽曲としても親しまれる。「カルメン」のエッセンスをジュッと絞って、ギュッと濃縮、さらにジワッと発酵させたような作品まであるのだけれど、今日の「幻想曲」はアメリカ映画風(?)に仕上がったワックスマン版。第1幕の『オーヴァーチュア(行進曲)』から、『ハバネラ』、『カルタの歌』、『アラゴネーズ』、『セギディーリャ』、『ジプシーの歌』と、美味しいところがたっぷり盛り込まれた、トレーラー(予告編)的なダイジェスト・カルメン。ヴァイオリンがメゾソプラノになって歌い上げるのなら、♬L'amour〜♬のコーラスが必要かしらン(→記事参照)。

こうして、改めて振り返ると、「カルメン」以外は微妙な位置関係で関連しているようにも思えるが・・・。"A Transborder Journey in the Romantic Era with a Violin"の謎解きをお願いします。

ステージ後方の大きなスクリーンを使って解説に当たられるのは、本日の譜めくりまで担われた、実行委員会代表の萩原先生。

それまで盛んに作曲されていた「鍵盤楽器とヴァイオリンのためのソナタ」が、ブラームス以降、ドイツ・オーストリア楽派からぷっつり姿を消した・・・というより、傑作が顕われることがなくなってしまった。R.シュトラウスが物しているが演奏機会は少ない。
そして、それに代わって、「ピアノとヴァイオリンのためのソナタ」を多く輩出することとなるのがフランス。

ウィーンからパリへ越境したのは「ヴァイオリンソナタ」の傑作たち。では、それはなぜ・・・?

普仏戦争(プロイセン-フランス戦争/1870年戦争)でフランスと争う中で、それまで小国の連邦であったドイツは周辺列強国と比して、文化面では進歩的でも、政治力、国力では劣っていたが、戦争をきっかけに大国主義へと傾倒することとなる。政治的ナショナリズムの変化によって、音楽もより大作主義へと変化し、演奏の場もサロンからホールへと移った。
一方、帝政から共和制に移行したフランスでは、支配を脱した市民層がそれぞれのサロンで演奏会を催すこととなる。大国主義に対して個人主義。それに呼応するように、新しいソナタが求められ、フランス近代音楽の傑作が多産されることになった・・・と。

ワタクシ思うに・・・。

確かに、お国柄や国民性、ナショナリズムの変化、政治の変革も大きな要因ではあるのだけれど、こと音楽だけで考えてみると・・・。

それまで、どちらかというと、作曲家のツールであった鍵盤楽器、ピアノフォルテやハンマークラヴィーア、クラヴィコードが近代的なピアノへと収斂進化する時期でもあって、それまでの「鍵盤楽器と独奏楽器のためのソナタ」ではうまくバランス出来ない、古典的な楽曲では調和がとれなくなってきたということはないのだろうか。
演奏家兼作曲家の時代から、ピアニストを専業とするプレイヤーが現れて、分業化も進む。
旧い様式と新しい楽器、新進の専業演奏家。
広い音域と大音量を得たピアノは大作主義と相まって、サロンでの独奏楽器とのアンサンブルからホールで管弦楽との協奏、競奏へと、よりエンターテインメント性の高いスタイルと移行する。
ワーグナーブルックナーの登場も忘れてはいけない要素。楽聖さまが遺された「第九」の影が時を経て、怨霊のようにウィーンを支配し、大ドイツ主義、ドイツ帝国統一へと躍進させたというと、安手の映画みたいになってしまう?
楽劇や交響曲から締め出されたピアノが12音技法や無調音楽を探ることになったのもこの頃か。
ワーグナーに心酔するグループもいた一方、アンチ・ワグナリズムな作曲家も集ったフランスには、"新世界"から全く異なる音楽の潮流が押し寄せたこともあって、ロマンからモダンへ変容する。ドイツが"統一"を目指したのと反対に、ボヘミアン的な自由を求めたのがフランス式ナショナリズムか。

あまり深く掘り下げるときりがない。いずれ時間があれば論文に纏めます(ほんとか?)。
とにかく、大きな時代の変化点であって、音楽的にも分水嶺であったと。

音楽だけを考えていると愉しいのだけれど、時代背景まで読んで、ヨーロッパの歴史を紐解くと、音楽の都も芸術の都もともに多量の血の上に立脚していて、きな臭くて血生臭い、いやァな気配が支配している時代があったことを目の当たりにすることとなってしまうのがなんとも・・・。

来月4月17日(日)の「シリーズ第53回」は『安岡志歩ピアノリサイタル "調性音楽の誕生から終焉まで"』。

バッハイタリア協奏曲 BWV.971」(1735年)
ベートーヴェンピアノソナタ第24番 嬰ヘ長調 テレーゼ作品78」(1809年)
ラヴェルクープランの墓 作品68」より『第1曲 プレリュード』、『第4曲 リゴドン』(1914-1917年)
メシアン幼子イエスに注ぐ20のまなざし」より『101113番』(1944年)
ドビュッシー喜びの島 L.106」(1904年)

を素材に、音楽の根幹をなす"調性"が、その歴史の中でどうとり回されてきたかを探るコンサート。予約受付中ですので、是非是非。


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荻原哲

「ワタクシ思うに・・・。」以下、面白く読みました.私は音楽といえども文化、国家、政治、平和、戦争と無縁でないと考える立場なので、もっとしゃべりたいことはありましたが、当日はかなり押さえてあそこまでにしておきました.「広い音域と大音量」のピアノの誕生とたしかに期を一にした部分がありますが、それではどうしてフランスのサロンへヴァイオリンソナタが移動したのでしょうか?フランスのサロンではPleyel, Erard, Bechstein, Steinwayがすでに使われて立派な大音量で演奏されていたはずですが.時間あるときにご意見聞かせてください.とても面白いん問題ですから.

by 荻原哲 (2016-03-30 12:11) 

JUN1026

萩原先生、コメントありがとうございます。

ワタクシ思うに・・・、
繰り返される政変から、主権が市民の手に移ったフランス。それにつれて、「文化・芸術」の担い手も、王侯貴族から富裕市民層に移りはしたものの、彼らが望んだのは過去の貴族的な生活様式で、その子女たちに音楽を学ばせ、自らのサロンで演奏会もよく催した。
大きなホールも作られ、劇場型の大規模な管弦楽やオペラ、楽劇などド派手でドラマティークなものが好まれる一方、室内楽は置き去りにされた。
オーケストラから取り残されたピアノは専らサロンで活躍することとなり、分業化が進んで登場した職業ピアニスト、良家の子女が演奏することとなる。そこでは、古典主義、懐古主義と相まって、旧い時代の楽曲が好まれたが、もう少し時代が進んだ頃に起こった新古典主義音楽では「ヴァイオリンソナタ」はバロック時代に発展した「フランス的ジャンル」、または「フランスの美的伝統への回帰」であるとして受け入れられるようになり、やがて、ドビュッシーが「6つのソナタ」に挑み、フォーレも(若い頃に「第1番」を書いているけれど)長いブランクの後「ヴァイオリンソナタ第2番」を書くに至った。

加えて、Pleyelなどフランス系ピアノ工房は商魂逞ましく、著名な作曲家・演奏家に製品を提供するとともに、販売促進を兼ねたサロン演奏会も行ったようですから、その辺も調べてみると面白いかもしれませんね。

対して、ドイツは、より強固なチカラを手に入れたいと、ドイツ語を母国語とする諸国を統一しようと「大ドイツ主義」が勃興し、ワーグナーが「理想の音楽としての楽劇」を掲げ、そこで語られるゲルマン民族の神話が「ドイツのあるべき理想」として、政治に利用されるようになり、のちのナチズムに至る。

旧い時代、バロックや初期古典主義では、音楽は宗教と深く結びついて、ひとつの源流をなしていたものが、王侯貴族が支配するようになり、それが時代とともにロマン派へと変容し、市民層へと広がる中で、地域性を帯びた国民楽派や過去を懐かしむ新古典主義へと音楽の大河は分化し、ジャズなどの新しい音楽と融合することで様々な支流を生むこととなって、多様化したのが19世紀末〜20世紀初頭。

調べ出すと、書き出すと、「ブログ」の範疇では収まらず、長大な「論文」になってしまいそうです(笑)。まとめようとしても、時間を掛けないと、一筋縄でいくものでもありません。私一人の手には余ります。
「5周年特別企画」として、「レクチャー・コンサート『音楽史の源流と末流』」を是非ご検討ください(笑)。
by JUN1026 (2016-03-30 21:39) 

荻原哲

なるほど〜。良家の子女が貴族的な衣を纏いたかったからサロンが生まれたというのがポイントですね。良家の子女は決して、フランス革命が生んだ「市民階級」でなかった。それは私も賛成します。フランス革命とはその後に貴族階級が復活するなど、フランス人たちが自慢するほどの、立派な市民革命であったのか疑問に思う。フランス革命です。一方ドイツはすごいですね〜。
例えばバイエルン国立歌劇場はWikipediaで調べると、
• 1825年 Leo von Klenzeの設計によるナツィオナール・テアーターとして再開
• 1865年 ワーグナー「トリスタンとイゾルデ」初演
• 1868年 ワーグナー「ニュルンベルクのマイスタージンガー」初演
確かに古いものが生まれ変わっていったが、大劇場と変貌した。大曲を演奏する場になっていった。ここでの演奏曲目を見るとすごいですね〜。音楽が国家に利用されているのが手に取るように見えます。

一方、フランスではおそらく新しい劇場が作られた時も、市民のニーズが大きく反映されたことでしょう。それがオランピア劇場であり、オペラコミークだった。クラシック音楽専門の劇場はなかったのです。オペラでさえ、書きましたようにサロンで上演されていた。大きなオペラでも「パリ音楽院ホール」が使われていた。

今でもドイツ国民とフランス国民は音楽に対する知識レベルが非常に異なる。教育とプロバガンダの結果だと思う。ドイツ人でBach, Brahms, Beethovenを知らない人はいませんよね。好きでなくとも聞かなくともともかく名前は知っている。一方フランス人と話をするとDebussyまでは知っているが, Faure, Ravelを知っている人はごく少数の音楽ファンです。フランス人は国民の音楽はシャンソンだと思っている。Edith Piafピアフが崇拝されている、今でも。

Brahms後のこと、そして現在の独仏の違いが、フランス革命にピンポイントでぶつかるかというとそれはわかりませんが、わかっていることはフランス革命はフランス人の誇りだということです。自分たちは市民革命を起こして特権階級から権力を奪い取った、「市民」なのだという誇りが、良きにつけ悪しきにつけ彼らから「臭って」きます。国民の平均的民度はドイツの方が高いと思いますが。

ワンコイン市民コンサートで演奏家、作曲家と大討論会をしたいのですよ、実は。いくつもトピックは思いつきますが、一番大事なのは「なぜ私たち演奏家、聴衆はたかだか二百年の間に作曲された曲を繰り返し学び、繰り返し演奏し、繰り返し入場料を払い、そして演奏家はギャラで生計を立てるのか?」200年度は大雑把ですが、BachからMessiaenです。私は科学者ですから、音楽がこの二百年にこだわる積極的な理由、否定的な理由があるはずだから、それをつまびらかにしたい。そして音楽の未来が切り開けるのか、音楽はもう終わっているのか、切り開くとすればどうしたら良いのか、、。こんなことを喧々諤々に議論するシンポジウムをしてみたい。

by 荻原哲 (2016-03-31 15:25) 

JUN1026

ワタクシ思うに・・・、
同じ時期にあって、ドイツ統一の先頭に立ったのは、宰相ビスマルクを筆頭に「ユンカー」と呼ばれた地主貴族で、伝統と家柄の重みを持っていたのに対し、フランス革命の主役は「ブルジョアジー」で、言い方は悪くなりますが、ちょっと成り上り的で、付け焼刃というか、ままごとめいた仮物感が付き纏う。それで、権威的なものを纏いたいがために、旧い芸術を借りてきたり、狩り集めてきたり・・・。「モダンアート」として開花するまで時間を要したのかもしれませんね。
帝政と共和制の政変がたび重なるうちに、「自由・平等・博愛」の旗のもと、捻れてしまった階級意識が、「革命を成し遂げた"市民"」という、偏ったプライドに変容してしまったのかもしれません。
時が経つにつれ、その仮物間、借り物感を嫌って(恥じて?)、ブラームスやワーグナーの影響を受けたフォーレより、反ワーグナー派に転じてフランス独自色を醸したドビュッシーや、分かりやすい「シンデレラ・ストーリー」に則したエディット・ピアフが親しまれている・・・というのはどうでしょう?
ドビュッシーは20フラン紙幣に肖像画がプリントされていましたし、親しみ深いのですよ。
一方、「文化・芸術」の担い手が近代以降まで変わらず続いたドイツでは、3Bは"象徴"としてその地位を保てた・・・と。ブルックナーやワーグナーの功績も多大過ぎるくらい多大で、彼らがその"象徴"を持ち上げて、さらにそれを政治家がプロパガンダに利用した?!
民意や国民性の違いというのは、誰が先頭でリードしたかに因るのかもしれません。政治・経済の分野は苦手に、手に余ります(笑)。
それに「フランスの」というより、「パリ市民の」という感じに、偏差的で閉鎖的な"特権"が、「大ドイツ」との大きな差。
それでも、私はフランス贔屓ですよ(笑)。

またまた、ブログの域を超えそうです。

大討論会。面白そうですが、敷居が高そうでもありますね(笑)。
「繰り返し」については、親しみやすく受けがいい楽曲、超絶技巧をアピールしやすい旋律だけが淘汰されて、それこそ偏差な状況になっているようにも思えます。「音楽芸術」はもっと崇高とまでは言いませんが、少々商業主義に偏っているようにも見受けられるのが寂しくて、物足りなくもあります。「アート」としての音楽、「エンターテインメント」としての音楽、プロフェッショナルな音楽家、演奏家はその辺りをどう塩梅しているか、どう捉えているのかが私の知りたいところではあります。「音楽」は私にとって、「学問」の窓口。それは数学も文学も地理・歴史も、場合によっては科学や化学まで含みます。
「ワンコイン市民コンサート」に対して、ご提案というか、要望もあるのですが、長くなるので別項に譲ります。
by JUN1026 (2016-03-31 23:21) 

荻原 哲

「ワンコイン市民コンサート」に対して、ご提案というか、要望、待っています。

日本では顕著なだけで、世界規模での出来事だと思いますが、音楽がいつの間にか音楽ビジネス業界がマニピュレートする、商品になった。
by 荻原 哲 (2016-04-01 11:19) 

JUN1026

例えば、なのですが・・・。

確かに、「リサイタル」として多くの楽曲を披露して戴くのは、有り難く、結構なことなのですが、あえて近しいテーマを持つ1〜2曲に絞って、その裏側にある「歴史・時勢」であるとか、「地理的要因」、関連する「文学作品」や「絵画」や「造形物」について、ご専門の先生方にレクチャーして頂く・・・というのは難しいでしょうか。学内にはご専門の先生方も多くおられるでしょうし、ご協力、ご尽力頂けたらなァ・・・とか思います。
「ワンコイン」は「コンサート」で音楽を披露する場、そういうことは自分で調べろと仰る向きもあるでしょうが、その作品が何を元に、どう言った経緯で作られたかを紐解いて、その知識を共有するというのも面白いのではないかと考えます。
先日コメントして頂いた中にあったような、ドイツとフランスの国民性、民度の違いなどでも良いかと思います。それが音楽にどう表現されているか。
毎回それでは肩が凝ってしまうかもしれませんが、ほんの時々「レクチャー・コンサート」、「商品」ではなく「知識」としての「音楽プログラム」。場所柄、それほど違和感もないでしょうし。

そうそう、これもコメント内にあった「シンポジウム」は、コンサート会場だけでなく、Facebookやmixiなどで展開しても面白いかもしれませんね。
by JUN1026 (2016-04-03 23:33) 

荻原哲

黒薔薇堂さんのご提案は成功すれば良いプランになるでしょう。いつもこのようなことは考えています。ただし、、ただしで、二つの理由でいつも止めています。一つ目:このようなレクチャーコンサートを望む聴衆がほとんどいないことが、アンケート(もう実施を止めましたが)から分かっています。アカデミックな話を聞きに来ているのではないわけです。二つ目。確かに学内には学問分野としてあなたが御指摘の方はいらっしゃる。それなりの話もできるでしょう。しかし、音楽という領域に興味のない人が、たとえボードレールについて語ってもそこには全くトランスディシプリナリー(専門分野を越境する)なチャレンジが生じません。上手に私がモデレーターをしたとしても、知識の断片をかき集めたものになる。私は主張、思想のないことはやりたくないのです。キチンとしたメッセージを発信できますが、役者がいないし、望まれていないというのが正直な状況です。阪大ではありませんが、成功した例をご覧ください。http://ocw.icu.ac.jp/sl/sl_20151016/
このようにいくら喋っても話が尽きない相手がいて、その話に耳をそばだててくれる人がいて、成り立つことではないでしょうか?朝日カルチャーセンターのようなことはしたくないのです。
by 荻原哲 (2016-04-05 12:48) 

荻原哲

ここから先はFacebookで話をしましょう。理由はそちらに書きます。
by 荻原哲 (2016-04-05 12:52) 

JUN1026

やはり、コンサートには音楽だけを望む方が多いのですか。そりゃあ、耳に心地いい楽曲をたっぷり聴きたいというのはわかります。私もそれは否定しません。
しかし、演奏家のフォローもしなければいけないうえ、聴衆の要望にも応えないといけないとは、運営もご苦労が多いようですね。
ここから先の深いことは、Facebookで伺います。
by JUN1026 (2016-04-05 19:01) 

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