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Wiener Brise Ⅱ ~ 鈴木理恵子&若林顕 デュオ・コンサート [音楽のこと]

先週の『宮本あき子ソプラノリサイタル』に続いて、『ウィーンからのそよ風 その二 ~ Two Breezes from Vienna, Part2』となる今日は『鈴木理恵子&若林顕 デュオ・コンサート』。ヴァイオリンとピアノで演奏される、モーツァルトが3曲、ベートーヴェンが1曲、いずれもソナタの名曲が用意されたプログラム。
"Wiener Brise"を感じに、大阪大学会館ワンコイン市民コンサート」へ参りましょ。

 

鈴木理恵子&若林顕 デュオ・コンサート.jpg


今日のコンサートに用意されたプログラムは、
ウォルガング・アマデウス・モーツァルト
        ヴァイオリン・ソナタ 第28番 ホ短調 K.304 (1778年)

        ヴァイオリン・ソナタ 第35番 ト長調 K.379 (1781年)

        ヴァイオリン・ソナタ 第40番 変ロ長調 K.454 (1784年)

ルードヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン

        ヴァイオリン・ソナタ 第9番 イ長調 Op.47クロイツェル」(1803年)

ヴァイオリン・ソナタ」と聞くと、ヴァイオリンが”主”で、ピアノが”従”のようにも思えてしまうが、正しくは「ピアノとヴァイオリンのためのソナタ」で、特に、今日の演目に並ぶモーツァルトの時代は「ヴァイオリン助奏付きのピアノ・ソナタ」だった。「ヴァイオリン伴奏のクラヴサンまたはピアノのソナタ」 であったり、「ヴァイオリン伴奏のクラヴィアのソナタ」であったり、当時まだ完成を見ないピアノ(・フォルテ)ではなく、その発展途上形で会った(ハンマー)クラヴィアやクラヴサンなどの鍵盤楽器にヴァイオリンの助奏、伴奏がついたソナタ。
その、古典派を代表するモーツァルトの作品に対して、ロマン派への変革を成し遂げた楽聖さまのお作は『クロイツェル・ソナタ』こと『ほとんど協奏曲のように、相競って演奏されるヴァイオリン助奏つきのピアノ・ソナタ』。”相競って”と言いながら、やっぱり「ヴァイオリン助奏付きのピアノ・ソナタ」。

で、今日演奏されるお二方はご夫婦で、それぞれソロでもご活躍されて、室内楽やオーケストラとも共演されるヴィルトゥオーゾ。”夫唱婦随”となるのか、 “相競って”とするのか、興味のあるところ。

また、モーツァルトベートーヴェンの時代はピアノ(フォルテ)には至らず、ハンマークラヴィアだったりクラヴサンだったり、楽器の形態が若干異なるが、大阪大学会館に常設されたピアノは1920年製Bösendorfer252、ヴィンテージとはいえ、100年及ばないモダン・ピアノ。ワタシのお気に入りでもあるBösendorferが、今日はどんな音で唄うのかも楽しみなところ。

午後の待兼山は冬の到来を告げる木枯らしが木々の枝葉を揺らしている。その風に弄ばれる木漏れ日は微かに夏の名残り。これからホールの中に起こる「ウィーンからのそよ風」は果たして・・・。

受け付けを済ませて、いつも通りバルコニーの指定席。
今日は演奏者の意向を尊重してカーテンは全開とするとのこと。ようやっと夏日が去って、いきなり木枯らしが踊って、晩秋の柔らかい日差しがそれに翻弄されて、その爽籟はホールに侵入することは出来ないのだけれど、窓ガラス越しに眩しいグラデーションを揺らしている。
カーテンがあると音の輪郭がぼやけてしまうのでしょうか。実験的に音の違いを聴き比べてみたい気もするが、それはまた別の機会にでも・・・。


開演前、鈴木理恵子さんを紹介した新聞記事がスクリーンに投影される。
「室内楽の基本形」と意識するモーツァルト作品を突き詰めるために、「曲に盛り込まれた歌の要素を前面に出すために、器楽的要素を捨てることから始めた」そうで、「感情の発露」に心を砕かれている由。ヴァイオリニストとしてのスキルより演奏家としてのエモーションに重きを置くということでしょうか。


と考えているうち、事前の疑問がひとつ解決される。
モーツァルトが現代に甦って、このホールで1920年製Bösendorfer252を演奏するとしたら・・・、それはどんな演奏になるか・・・を考えての音作りをした上で本番に当たられるとか。
モーツァルトが奏でるモダン・ピアノ。

ふふん、92ものキーを持つ1920年製Bösendorferを彼に与えたら、ヴァイオリニストを放っておいて、譜面とは異なる演奏をしてしまうのではないか、多分。


余計なこと夢想していると、ステージに鈴木理恵子さんと若林顕さんが登場。 理恵子さんのドレスはアルマニャック、芳醇な秋色。


コンサートの前半はモーツァルトから。

第28番」はウォルガング・アマデウスが22歳の頃に書かれたもので、煌びやかな曲調の多い中、数少ない短調の作品。レガートに唄うヴァイオリンに対して、音のひとつひとつが粒立って、きっちりとハーモニーを構成するピアノ。おそらく、ヴァイオリンの"歌"を尊重してそうされているのであろうと思われるが、朗々と唄い、切々と語るヴァイオリンと、それを静かに支えるピアノとのコントラストが美しい。密やかに、それでもモーツァルトらしく歌い返すピアノのメロディ。双方が饒舌だと、ここまで優美に響かないのであろうが、その控え目さがかえって胸に迫る。

第35番」はその3年後の作品。金風と踊る秋陽が窓越しに映えて、第1楽章序奏のアダージョが一層ロマンティークでファンタジックに響くよう。劇的にアレグロ、快活で明るい曲調に、時折り顔を出す哀感。いかにもモーツァルトといった楽曲。

第40番」は”モーツァルト版『ほとんど協奏曲のように、相競って演奏されるヴァイオリン助奏つきのピアノ・ソナタ』”。演奏時間は『クロイツェル』に及ばないものの、内容の充実ぶりは引けを取らない”大それた大ソナタ”。ヴァイオリンが「アリア」を朗唱しているように聴こえる。「感情の発露」と仰るが、それを具体化するエモーションだけではなく、テクニックがあってこそ。的確に、淀みなくヴァイオリンに唄わせているその力量があまりに圧倒的。


休憩を挟んだ後半はベートーヴェンクロイツェル』。

ヴァイオリニストのルドルフ・クロイツェルに献呈されたため、一般的に『クロイツェル・ソナタ』と呼ばれる「ヴァイオリン・ソナタ 第9番 イ長調 Op.47」。ヴァイオリンの名手に気を遣ったのか、それ以前の"ヴァイオリン助奏付きのピアノ・ソナタ"ではなく、あくまでピアノとヴァイオリンが対等な、"ピアノとヴァイオリンのためのソナタ"だとした、演奏時間が40分にも及ぶ野心的で革新的で圧倒的で特徴的な作品。

しかし、かのクロイツェルさんは一度も演奏することがなかったそうな。

スコアの表紙には"Sonata per il Pianoforte ed uno violino obligato in uno stile molto concertante come d’un concerto"と記されて、たった二人、たった二台で"協奏交響曲"を演奏しましょうね的なニュアンスを現したのに、自身作曲家でもあり、革新的なヴィルトゥオーソでもあったクロイツェルさんは"obligato(助奏)"というのがお気に召さなかったのでしょうか。 クレゼールと名乗っていたくらいだから、ちょっと自意識高い系フランス人の気質として、四歳年下のルードヴィヒの作品なんて演奏したくなかったでしょうか。まさか、手に負えないということもないでしょうし、のちにコンサートマスターや指揮者に転じてもいるし、肩でも悪くして弾けなくなってしまったか。
この曲はもともと、別のヴァイオリニスト、ジョージ・ブリッジタワーのために書かれたそうで、ベートーヴェンが最初に書いたタイトルは「気分屋の混血のためのソナタ(Sonata per uno mulaticco lunatico)」だったとか。ルードヴィヒジョージさんが女性関係から友情にヒビが入って、そのソナタはクロイツェルに齎された。
が、「すでに誰かが弾いている、それに難し過ぎる」とかで結局演奏するはなかった・・・云々。

それでも、この曲が『クロイツェル』と呼ばれるのは、表紙 に"R.KREUZER"と書かれているから。

楽曲がドラマティックなら、その背景もドラマティック。そりゃあ、トルストイを魅了し、ヤナーチェクも心惹かれるわ。これ一曲で映画が一本作れそう。

ワタクシ思うに、これはベートーヴェンによる”対マン的な対バン”、"対バン的対マン"だったのではないか。


この楽曲が著されたのはかの『ハイリゲンシュタットの遺書』のちょっと後。再起をかけたルードヴィヒは自分を奮い立たせてくれるパートナー、あるいは好敵手となり得るヴァイオリニストを探して、このソナタを書いたのではないかしらン?
自身ピアノのヴィルトゥオーゾでもあり、俺の作ったソナタを弾いてみろ、俺のピアノと対峙してみろと、1通の挑戦状、ひとつの果し状としてのヴァイオリン・ソナタ。再起を賭けた対戦相手に選ばれたのがブリッジタワーであり、クロイツェルであった・・・と。
この後そういったライヴァルが現れなかったがために、「第10番」は10年の後。ピアノ・ソナタは30曲も書いたにもかかわらず、ヴァイオリン・ソナタは「第10番」以降書かれていない。作曲家に専念しだしたのもこの前後。
まぁ、復活戦としての演奏会に、インパクトが必要だったのでしょうが、対戦相手にしてみればいい迷惑?!

そのコンチェルトにも匹敵しうる”大それた大ソナタ”を鈴木理恵子さんと若林顕さんは神業的な演奏で再現される。波乱に満ちた第1楽章から、癒しを得て、高みへと 昇華していく、いかにもベートーヴェンらしい壮大なドラマは、デュオとは思えず、オーケストラを聴き終えた後のような充足感。酔った・・・どころか、酩酊してしまいました。


アンコールは歌心に溢れた、ショパンの「ノクターン」からドヴォルザーク母に教え給いし歌」、シューベルトアヴェ・マリア」。その甘い歌声に、完全に酔い潰れてしまいました。


来月15日(日)の「シリーズ第48回」は『辻本 玲 無伴奏チェロ作品リサイタル』。
J.S.バッハ無伴奏チェロ組曲 第1番 ト長調 BWV1007」、K.ペンデレツキ無伴奏チェロのためのディヴェルティメント」、E.B.ブリテン無伴奏チェロ組曲 第1番」と、新旧の無伴奏チェロ曲がプログラムされています。
Bösendorferは出番なしか。ちょっと寂しい?!


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