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夜に想う [音楽のこと]

以前のブログ『たーぱぱ徘徊記』の記事を加筆修正のうえ転載しました。
「夜想曲(ノクターン/nocturne)」ってナニ!?

 

シンフォニー(symphony)は交響曲コンチェルト(concerto)は協奏曲。日本語(漢字)で表した場合、どちらも楽器編成から楽曲の雰囲気まで分かるようで、見事な訳語だと思う。因みに、交響曲(交響楽)というのは、かの文豪、森鷗外による訳語だそうだ。
エチュード(étude)の練習曲は勿論、ファンタジア(fantasìa)の幻想曲というのもまだなんとなくどういう楽曲であるかイメージ出来る。奇想曲狂想曲(カプリッチョ/capriccio)は奇想天外なって感じからか?

分かりづらいのが、小夜曲(セレナーデ/Serenade)と夜想曲(ノクターン/nocturne)。
小さな夜の曲・・・? 夜に想う曲・・・?
小夜曲(セレナーデ)は夕暮れに親しい人への想いを込めて捧げる歌。日暮れに演奏するので小夜曲・・・なのか?

では、夜想曲(ノクターン)は? 夜に何を想う??

wikipediaによると、
もともと夜想曲は宗教行事として夜間の礼拝時に演奏されたことに起源があり、ノクターンの語源もラテン語のNoxによっている。
ピアノ独奏曲としてのノクターンは、アイルランド出身のジョン・フィールドに始まる。ショパンはワルシャワ時代にすでにフィールドの作品に接したものと考えられている。フィールドのノクターンは、基本的にアルペジョの伴奏の上に歌曲風のメロディが歌われるという単純なもので、ベルカント唱法をピアノ音楽で表現することに長じ、デビュー当初、サロン向けの音楽を作る必要のあったショパンにとって、打ってつけの楽曲形式であった
・・・らしい。

そう、「ノクターン」と言えば"ピアノの詩人"ことフレデリック・フランソワ ・ショパン(Frédéric François Chopin 1810年3月1日? - 1849年10月17日)。その生涯に21曲も創られている。

ワルシャワ蜂起前夜、追い立てられるようにウィーンへと旅立ち、そしてパリ。音楽への情熱、想いのためにあとにした祖国。夜な夜な祖国を憂い、家族や友人の安否を気遣い、置いてきた恋人への惜別の念。"夜に想う"ことは限りなくあったのでしょうね。

当初ジョン・フィールドへのリスペクトだったのかも知れないが、国を憂い、家族を気遣い、恋人を惜しむうちに、フィールドの向こうにある"夜の礼拝"、祈りへと浄化したのが、ショパンの「夜想曲」・・・なのかも知れない。

ワタシは常々、音楽は祈り、願いだと考える。信仰心や宗教への関心は薄いが、ただ漠然とした祈り。あるいは一途な想いだと感じる。

故国ポーランドへの郷愁なら、同じく数多く創られた「マズルカ(mazurek)」や「ポロネーズ(polonaise)」でもいい。あえて「ノクターン」とした意味はそこにあるのではないか?

後年ジョルジュ・サンド(George Sand 1804年7月1日 – 1876年6月8日)と出会い、そのスキャンダルから逃れるようにマヨルカ島へ移って以降も創り続けている。何かを得ても、それと引き換えに失くしてしまったものたちへのオマージュあるいはトリビュートとしての「ノクターン」。サンドと別れ、身体だけでなく、心までも病み蝕まれていく中書き綴ったのは、幸せだった頃の思い出、華やかだった頃への憬れ。ショパンの「夜想曲」は過ぎ去る過去への追憶、あるいは賛美、礼拝。

21番まであるそれらの「夜想曲」は、"ピアノの詩人"が書き上げた21章の私小説なのかも知れない。その何れもが、歌曲を思わせるような、左手はほぼ定型的な伴奏で、右手は歌心たっぷりに即興的。ショパンの心情を率直に表現しているのかも知れない。だから、喜びも哀しみも、高揚感も喪失感も、ショパンの総てが表現されているのではないか。想いや願いが詰め込まれているように思う。

とまァ、なんの根拠もない戯言。その殆どが数名の女性に献呈されているので、案外"想い"は奔放な恋愛のスナップなのかも知れない。nocturne・・・knock, turn・・・叩いて、捻って・・・、"貴女をknock&turn"・・・って、ちょっとサディスティック?!
もう200年も前のこと。現在の演者がどう解釈するか、今の聴衆がどう受け止めるか。

さて、ショパンの数ある「ノクターン」、代表とされるのは「第2番 変ホ長調 Op.9-2」だとか。多くのプレイヤーが取り上げて、誰もが知る著名曲。ロマンティックで甘やかな旋律は優しさを含んで耳に心地いい。ショパンの「ノクターン」というとこれを連想する。
でも、ワタシ、初期の作品なら、「第2番」と一緒に出された「第1番 変ロ短調 Op.9-1」かな。こちらを1番としたからには、それだけショパンのピュアな"想い"が詰まっているような気がして、そこはかとなく流れる哀感が切なげで沁みてくる。
後期の、何処か諦観を含んだような物悲しさもいいですかね。遺作となる「第20番 嬰ハ短調」、これから先の季節、秋の夜長に物思いしながらノスタルジーに浸りつつ、しみじみと聴き入るのに打ってつけ。「Lento con gran espressione」とも呼ばれて、ショパンの意図としては「夜想曲」ではないのかも知れないが、慣例的にそれに列している楽曲。

出来れば長い夜に、私小説としての「ノクターン」、第1章から第21章までじっくり聴き比べてみたいですね。

夜曲はセレナーデ? この楽曲もお気に入り。


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